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歳時記 3月
2012年3月17日 梅一輪
菅原八幡 紅梅
2月26日に、たまたま京都に行く用事が在りましたので、季節柄"梅見"を兼ねて、北野天満宮へ。その前日(2月25日)は、菅原道真公が薨去された日にあたるので盛大に"梅花祭"が行われたようですが、この日は合格祈願の学生がチラホラ程度。今年は梅の開花が遅くて、ほとんど蕾のままで、梅見客も少なくて全くの当て外れ。その後の経過からいうと、3週間ほどもピークがずれたようです。
ただ、北野天満宮あたりは、私のお気に入りの散歩コースでもあって、この日も梅園でお茶をいただいた後、小一時間ほど辺りをブラブラして、神社前の豆腐屋さんで名物の"柚子豆腐"を買ってから奈良に帰りました。"柚子豆腐"は柚子の香りがさわやかで、舌触りも抜群。予定通り家族から大好評を勝ち得て、これで1つ220円というのだから、こういうのを口福(こうふく)というのでしょうか。
さて、北野天満宮で梅の花が見れなかったこともあって、先週ご近所の菅原八幡宮に、観梅に。右掲の写真は、その菅原天満宮で撮ったものですね。
菅原天満宮は小さい村社だけれども、菅原氏の本願地と伝わる由緒正しいところで、それ故に梅の銘木が沢山植えられていて、写真を撮るには良い塩梅。特に、この時節には盆梅展も行われていて、それなりに楽しめます。
菅原道真公には、「
東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春な忘れそ」という歌がありますが、梅の古木は大人(たいじん)の風格があって、かつて文人や風流人達が挙って梅を愛したというのも頷けます。
そこで、私も一句。小さい梅の花が、まるで産まれたての赤子の顔のように見えたのですが、如何?
梅一輪 華の若子の 笑みし如
小写楽
 

2011年3月1日 柿衛文庫を訪れて
2月19日用事があって北摂へ。そこでついでにかねて行きたいと思っていた"(財)柿衛文庫"にも・・。柿衛文庫は大阪府伊丹市にあって、同地に縁が深い江戸中期の俳人呉春に関するコレクションを母体に、山崎宗鑑に始まる中世の俳諧連歌から、近世の松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶、近現代の正岡子規、河東碧梧桐、中村草田男、桂信子に至るまで、書籍3500点、軸物6000点を有する日本でも有数の俳諧専門美術館です。
「月渓 呉春のもうひとつの貌(かお)」(H23年1月15日〜2月27日開催)が催されていて、特に呉春の俳画が取り上げられていました。
(財)柿衛文庫 大阪府伊丹市宮ノ前2-5-20
私は、江戸時代中期の俳諧を中心とする町衆のサロン文化に大変興味を持っています。この時代、例えば江戸俳句の中興の祖と仰がれる蕪村、それからその弟子であった呉春は、俳句のみならず俳画や俳書にも能力を発揮して、加えて中国から移入された文人画や本格的な写実画にも秀でて、特に呉春は京都で四条派という一大勢力の創始者となりました。彼らの文人趣味の流れからは、売茶翁を嚆矢とする煎茶道が新しく生まれて陶芸の青木木米につながり、文人画家として池大雅、田能村竹田、浦上玉堂、岡田米山人らが現れて、明治の富岡鉄斎につながりました。京都の四条派は円山派と合流して、綺羅星のごとく才能を輩出して、近代の京都画壇の幹となって現代に至っています。町衆を中心とする新しい文化が大きく勃興し、特に日本画は、現代に至るまで脈々とその系譜が引き継がれているのです。
俳句については、明治以降の現代俳句とそれ以前の江戸俳句を区別して、明治以前のものを古いとして遠ざける考え方があります。実際、私も俳句作りをする場合には、現代俳句を参考にしていますし、出来るだけ新しい近代的な感覚を取り込みたいと常に考えていますが、そのこととは別に、江戸俳句にはその当時の町民文化が持つ平明で洒脱な雰囲気が溢れていて、それ故に今でも大変興味がそそられるのです。
考えてみると、日本文化は古来歌を母体とするサロン文化として形成されてきました。万葉の時代に行われた歌垣、平安朝の歌合、中世の連歌、そして江戸時代の俳諧・・。しかも、その時々の歌は、物語、絵巻、絵画、書、庭園などの諸々の文芸と密接に絡んで、総合文化として花開いてきました。その意味では、今日日本文化の真髄として重宝がられる茶道は、むしろ傍流と言っても過言ではなく、江戸時代は日本古来の歌合(うたあわせ)の伝統が町民レベルまで大衆化した時代と考えるべきと思います。
当時、町衆は寄り集まって句会を開き、煎茶を飲みながら、床の間に飾った俳画、俳書、文人画を愛でたのです。その文化の香りの高さに私は惹かれます。ちなみに、蕪村に、"学問も 尻から抜ける 蛍かな"という脱力感溢れる迷句(?)がありますが、これは俳画と一体になって初めて成立するものであって、軽妙洒脱これにすぐるものはなく、現代俳句では絶対出来ない味のものだと思いますが、如何でしょうか。
現代の俳句愛好家に、俳句はお茶をすすりながら、画や書と一緒に楽しむもんだというと笑われそうですが、今流に、"コーヒー飲みながら、写真俳句を" といえば、案外わかりやすいかもしれませんね。

2010年3月6日 真央ちゃんとキムヨナ選手の対決
あ〜、バンクーバーオリンピックが終わってしまいましたね。特にフィギュアスケートの浅田真央ちゃんとキムヨナ選手の対決は、この4年間皆が追い続けたきたドラマだったので、本当に息詰まる戦いでした。真央ちゃんファンの私としては、SPの得点差4.72点は承伏出来ませんが、それにしても両者天晴れの大奮闘でした。おそらく二人にレベルの差はなく、真央ちゃんがフリーでしてしまったジャンプのミスくらいしか演技の質の差は無かったはずです。
結局、ヨナ選手が年初から連発していた高得点の印象が影響してこの大差になってしまったというのが本当のところでしょうか。その意味では、真央ちゃんはこなすのに1年も掛かるような難しい演技を選んでしまったのが、最大の敗因だったということがいえるでしょう。ただし、誰もが難しいと思っていた大きな壁をこの天才は超えつつあるのですから、これからの彼女の演技はもう一段高く大化けする可能性があると思います。本当のところ、今シーズン始めに、ラフマニホフの"鐘"を滑る彼女の演技を見て、"今年の真央ちゃんはもう終わってしまった"と思ったくらいですから。この演技はあまりにも難しすぎる! 例えば、この振り付けをキムヨナ選手が滑る姿を想像することができますか? おまけに3回転半ジャンプ2回ですから、普通の選手だったら後半のガス欠が目に見えています。彼女だから滑れているという正に奇跡のプログラムというべきか?
思うに、彼女の天真爛漫でスポーティーな魅力は、エキビジションのパガニーニ変奏曲に見事に現れていて、おそらくキムヨナ選手であっても、こういう切れのある演技は出来ないはずなのです。キムヨナ選手が完成形とすれば、真央ちゃんの演技はまだ発展形といえるので、キムヨナ選手の柔らかいエッジワークを取り入れながらより完成度を高めていけば、キムヨナ選手の高得点を抜くことも十分可能なのではないでしょうか。
五輪には 開く花あり 蕾あり
小写楽

2009年3月14日 万葉集の参考書
白木
エドヒカン桜と勧請縄
Mar. 31, 2002
3月も中頃になると、随分景色が明るくなってきます。梅の季節は終わったけれども、今は馬酔木が花盛り。来週くらいから桜や桃の花の写真が撮れそうです。今万葉集の写真に掛かりきりになっていて、この季節は"万葉の花"が最大のテーマになります。今年は、佐保川の川路桜を狙おうかと今から算段中。
ところで、最近写真を撮る前に調べ物をする時間が多くなって大変です。万葉集の奥が深いことは承知していましたが、適切な資料が入手できないことに大変苦労しています。正直のところ、一般的な解説書くらいでは、まともな注釈が出来ないことが分かってきました。
何十年前の解釈をそのまま引き写しただけの、役に立たない解説書が実際に多く、それから通説であっても明らかに解釈があやしいと考えられるものもたくさんあって、実は万葉集の本当のことは今でもあまり分かっていないのではという素朴な疑問が湧いてきました。こりゃ10年でも難しいのではないかしらん?
でも、やはりそういうときは兎に角現地に行ってみるということでしょうね。すると何かその空気みたいなものが伝わってくることがあるはずです。地の利があるのだから、まずはそこからやっていくしかないかなあ〜と今考えております。

2008年3月2日 梅に鶯
菅原神社 雪と盆梅
Feb. 24 2008
今日の朝、今年初めて鶯の声を聞きました。昨年我が家の裏にあった山林が切り崩されて住宅街になってしまって、今年は毎年鳴いていた鶯の声が聞けるかどうか心配していたのですが、まずは一安心。我が家の紅梅が果たして目印になったものかどうか。このまま夏まで居てくれれば良いのですけれどもね。
我が家のあたりはかつては一面の松林であったところで、昔から鶯の多いところだったようです。近年の宅地開発でその声を聞くことがだんだん減ってきましたが、我が家ではいまだコーヒーを飲みながら、鶯の声を聞くことが出来るのです。
ところで、先週ご近所の菅原神社の盆梅展を見に行ってきました。このあたりは、昔菅原道真が誕生したという由緒があるところで、梅の花が名物になっています。菅原道真は大変梅が好きだったそうですが、この菅原の里で早春の梅を愛でながら鶯の声を聞いたのではないでしょうか。

2007年3月1日 春日祭
春日大宮若宮御祭礼図から
春日大宮祭礼の図
3月上旬の奈良は東大寺二月堂のお水取り一色。最近は、籠松明がある12日だけでなく、平日も満杯状態。昔、雨の日には二月堂前まで車で上がって観れたなんてことは全く夢のようです。たかだか20年くらい前の話ですけれどもね。
さて、今回紹介するのは3月のもうひとつの大祭、春日大社の春日祭。3月13日に行われるこの祭は一般にあまり知られていませんが、賀茂神社の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに日本三大勅使祭のひとつに数えられています。同じ春日大社の若宮御祭りは大和一国の祭りとすれば、春日祭りは朝廷の祭りなので、格式はこちらが上だそうです。ただし、観光的なお愛想は一切なし。なんと春日大社の公式ホームページにも載っていないんですね。
手元に「春日大宮若宮御祭礼図」という江戸中期に発刊された書籍(復刻版)があり、ざっと目を通したところでは、祭事の内容はその頃とまったく同じことがわかります。御馬引回しの神馬が5頭から2頭に減っただけでしょうか。もしかしたら、平安時代の往古からまったく同じなのかもしれませんね。(春日祭/写真)

2006年3月1日 お水取り
お水取りが始まりました。仕事があるのでなかなか行くことが出来ませんが、1日は参加したいところ。最近お水取りに関する本を読み直していますが、その深遠な内容には、改めて感じ入るばかり。夜中内陣で行われる行法を一度はじっくり拝見したいものです。但し、内陣は撮影禁止のようですが・・・。

最近、お水取りの声明(お経の合唱)のCDを買いました。時々、部屋を暗くして聞いていますが、厳粛な雰囲気が彷彿とされてなかなか良いものです。一般にはあまり知られていませんが、奈良では、1月に東大寺、法隆寺、霊山寺の修正会、唐招提寺の餅談義(修正会)、2月に法隆寺西円堂の薬師悔過(修ニ会)、3月に二月堂のお水取り(修ニ会)、4月に薬師寺の花会式などで古式の声明が行われていて、いくつかは一般人も参加することが出来ます。

"儀礼にみる日本の仏教(奈良女子大学古代学学術研修センター設立準備室編)"によると、日本の仏教は、法会の伝習にこそその本質があって、仏堂、仏像、経典などはそれを行うための仕掛けに過ぎないということです。遣唐使の最も大きな役目は、法会・式典を学び、これを日本に移入することであって、残念ながら仏像や経典は残っても、当時の儀式が完璧に残っている例は、奈良時代以来1200年絶えることなく続けられてきた"お水取り"を除いてほとんど皆無のようです。




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Web初版開設日 2002年 8月 1日
Web二版更新日 2005年 9月 1日
頁最新更新日 2012年 3月17日
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