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歳時記 9月
2011年9月1日 テンペスト
前回についで沖縄のお話を。いまHMKで放映されているドラマ"テンペスト"が、今私にとって最大の関心事。7月末から放映が始まって、全10話のうち6話まで来たところだけど、これが滅多やたらに面白い! あんまり面白いので、この1ヶ月ほどのうちに原作(文庫本4冊)を買ってきて全て読破し、今年2月に公演された舞台のビデオまでチェックしてしまいました。
琉球王朝末期の王宮を舞台に、女性でありながら天才的な頭脳を持つ孫寧温(そんねいおん、仲間由紀恵)が、性別を偽って宦官に成りすまして最難関の科試を最年少で突破し、評定者筆者主取(国家公務員の次官のようなもの)になって大活躍するというフィクションですが、1854年のペリー下田来航に先立って実際にあったペリー那覇来航とその外交交渉の顛末などが細かく取上げられていて、大変興味深い内容です。
日本が交わした下田条約(日米和親条約)が極めて日本側に不利な内容であったのに対して、琉米修好条約は、琉球側の巧みな交渉術ゆえに被害を僅小にとどめることに成功したとされています。
この時期の琉球王国は、中国の柵封体制に組み込まれて国家として認められていたものの、実質的には薩摩の軍事的支配下にあり、全く軍備を持たない歪な国家体制になっていました。そのような中で琉球が独立を保つためには、真に教養と見識を積んだ人物を作るとともに、それを選び出して政治の表舞台に就かせること、そして政策上は西欧列強を含めてあらゆる国家と対等に付き合うために、わずかなこともゆるがせにしない緻密な外交交渉を行うことであったとされます。
考えてみると、今の日本も軍備を持たない国であって、この時期の琉球と立場が似ているように思います。であるのに、その外交に雲泥の差があるのは、むしろ日本が大きすぎるからなのでしょうか?
ところで、作者の池上永一氏は、この頃の琉球を"美と教養の国"とされていますが、軍備を持たない小国にあって、人としての"美と教養"のみが大国と拮抗する唯一の財産であったことは間違いありません。前回取上げた琉球の歌謡、そして舞踊などは、実は鄙びた民謡ではなくて、もともとは中国からの使節を迎えるために創案された王家の歌であって、舞踊でもあったのです。テンペストの6話で、主役の仲間由紀恵さんが女衣装で琉球舞踊を披露されていましたが、その美しさには眼を見張るばかりでした。彼女は実際琉球舞踊の名手で、師範クラスの腕前だそうですが、彼女の女優としての存在感も付け加わって、凄絶な色気が画面に漂っておりました。日本舞踊の人間国宝クラスであっても、これほどの存在感は出せないのではないでしょうか? 琉球文化の奥深さを見る思いがしました。

2008年9月1日 古いジャズ
ご近所の猫
今年は、7月から8月初旬にかけて猛暑で、遂に我が家の25年物のクーラーが故障してしまいました。時期が悪く盆休みと重なったので電気店の対応が遅いこともあって、3週間ほど応接間はクーラーなしということになりました。イヤハヤどうも。
しかし、オリンピックが終わった後の1週間は、それまでの暑さが嘘のよう。通勤途上の山道の景色も確実に変わって、蝉が静かになって、山百合が一斉に咲きだしました。特に山百合は猛暑を避けていたのでしょうか。確実に秋が深くなっているようですね。

最近、自室に篭りがちの中で、古い音源のCDをいくつか買い漁って聞くようにしています。私はJazzが好きで、高校1年ぐらいから聞き始めて、大学ではジャズバンドでトランペットを吹いていたこともありました。
その頃は貧しくて好きなレコードは簡単には買えませんでした。レコード1枚買うために、昼食は毎日一杯140円のうどんで済ますことが多く、ようやくレコードを買えたとしてもほとんど中古レコードでしたっけ。クラブ活動で忙しい(私は授業もほとんど出ていました)のでアルバイトが出来ないこともありましたけれども、お金が本当に貴重でした。だから、手に入れたレコードを聞くことは真剣勝負だったので、2-3回聞いたらメロディーはだいたいすべて頭に入っていたように思います。電車に乗って、メロディーを頭の中でまわしながらトランペットの指の練習をするなんていう芸当もあの頃は普通に出来ました。今から考えるとよくあれだけ熱中できたのか、少し不思議な感じがします。

音楽を演奏する側から離れて既に30年経って、今はたまにCDを聞くくらいですが、ところが著作権の関係なのか、古い音源の価格が圧倒的に安くなっていることを最近発見してびっくり。先日"チャーリーパーカー"の1940年代を音源とする10枚組CDを1980円で見つけました(当然新品)。これはチャーリーパーカーがビバップを創造した1940年代の音源を集めた所謂"サボイ-ヴァーブ・コレクション"と呼ばれる一連の録音を中心とするもので、ジャズ愛好家にとってはバイブルとされる貴重なものです。それが10枚組みで1980円とは? (昔はこの10倍の値段だったと思います。)
しかし、1枚198円のCDからもたらされる音の疾走は、正に神かがりとしかいえないものでした。モノラルの聞き取りにくい音源にも係らず、別次元の音の連続に驚くばかり。30年前にこの音を聞ければ良かったのに・・・。

最近は、"ジャズは死んだ"という言葉が言われることしきりです。実際、"チャーパーカー"が神に召されて50数年の月日が過ぎました。彼に連なる天才たちも多くは神に召されました。ジャズは、一瞬の光芒の中に真価を発揮するものなので、クラシックのようにコピー音楽として余命を保つということもありません。しかしかろうじて、録音としてのみ真価の一部が残されるのです。1枚198円のCDは、思えばチャーリーが神の啓示に触れた瞬間を捉えた偉大な歴史の記録なのです。

2007年9月2日 彼岸花:
毛原廃寺 彼岸花
9月は秋草が茂り、稲が黄金に実って、大和盆地は一年で最も美しい季節を迎えます。今年は大和盆地の秋を彩る彼岸花を取り上げたいと思います。
この季節に田圃の畦道などに咲くこの花は、元々外来種でしかも株分けでしか増えないということをご存知でしょうか。球根は毒を含むものの、飢饉などには毒抜きして食用にすることが出来るので、飢饉救済用の植物として中国から移されて広まったようです。田の畦道や墓地に多いのはモグラ除けになるから。ただ子供の頃、彼岸花は縁起が悪いので採ってはいけないと親からよく聞かされました。毒があるので子供には危険だからでしょうか。
しかしこの季節の大和盆地の田圃は彼岸花で赤一色に染まります。特に、飛鳥地方、葛城古道あたりは、稲穂の黄金色と彼岸花の紅色がハーモニーとなって、素晴らしい景観です。残念ながら、奈良公園や法隆寺などの有名な観光地を行くだけではこの壮観な景色にはめぐり合うことは出来ません。出来れば、田園地帯を歩くことをお勧めします。そうすると、それこそ写真のような素晴らしい景色に出会うことが出来るはずです。
葛城古道 仏隆寺 毛原廃寺@ 毛原廃寺A
私の住む奈良市内の住宅地でも、彼岸花は結構道端に咲いています。球根でしか増えないものだから、かつてはこのあたりも彼岸花が溢れんばかりに咲いていたのに違いありません。彼岸花は、稲作と同時に日本に入ったという説もあり、彼岸花で赤く染まる大和平野の景観は、いにしえの大和の景色と同じであったかも知れませんね。

2006年9月1日 萩の花
奈良の花というと萩。万葉集で一番取り上げられているのが萩の花です。確かに奈良には萩が多く自生していますが、ただ、萩は野原や道端の荒地に咲く植物で、姿の良い野萩に出会うということはないようです。萩は園芸用として園地に植えられたもののほうが引き立つように思います。
白毫寺の萩
万葉集の時代に萩を詠むことが多かったのは、既に日本式の庭園が成立していて、秋季に花を咲かせる低木として萩が広く取り入れられていたからだと推測しているのですが如何でしょうか。
かつて野萩を採って庭に植えてみたことがありますが、園芸用の萩に比べて花弁が小さく、また姿が大きい割りに樹形がまとまらず駄目でした。萩の花は、寺院や茶庭に植栽されたものを観賞したほうが良いようです。
白毫寺 元興寺 新薬師寺 唐招提寺
中秋の満月と萩を取り合わせて撮ってみたいのですが、ライティングが必要だろうし、なかなか難しそうです。良い場所は無いものかと算段しているのですが・・・。




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Web初版開設日 2002年8月1日
Web二版更新日 2005年9月1日
頁最新更新日 2011年9月1日
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